[掲示板: ミュージカル一般 -- 時刻: 2024/11/25(04:19)]
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梅田の大型書店で「『舞姫』の現代語訳まで載っている本を探しているのですが・・・・」と相談コーナーで若い定員さんに聞いたら、「ゲーム本ですか?」と返事されました。確かに家で調べたらそういうゲーム関係はあるらしいのですが・・・。森鴎外でも今は読まないのか?ムムム・・・・もしかしたら夏目漱石も危ない?
花組 バウホール公演
6月23日→ろ列8
Musical
『舞姫 −MAIHIME−』
〜森鴎外原作「舞姫」より〜 (※ 鴎外の「鴎」は勿論旧字体が正解だが、ここではHTML変換の場合などをかんがみて、あえて常用漢字で通す)
脚本・演出/植田景子
<解説>
明治の日本文学の第一人者、森鴎外の代表作「舞姫」のミュージカル化。愛する女性と祖国との板ばさみの中、悲劇へと向かっていく主人公の心の葛藤を描く。
日本が近代国家建設に向け、西洋の大国に懸命に追いつこうとしていた明治の時代。武家の長男として生まれ、幼いころから厳しく育てられてきた太田豊太郎は、周りの期待を一身に浴びエリート官僚としてベルリンに留学することとなる。
初めて触れるヨーロッパの空気は豊太郎に“自由と美”の精神を目覚めさせ、彼の中の“眠れる獅子”を呼び起こす。しかし、そんな彼の言動は、狭い日本人社会の反発を買い、豊太郎は次第に孤独感を募らせていく。ある日、私費留学生としてベルリンに滞在していた原芳次郎という画家に出会った豊太郎は、日本という狭い世界にとらわれず、己の芸術を追う芳次郎の生き方に憧憬を覚える。
そして、そんな豊太郎に運命の出会いが訪れる。街角で泣きじゃくる美しい少女エリス・・。彼女はヴィクトリア座の踊り子で、乳を亡くし金銭的に困っていたが、豊太郎によって窮地を救われる。豊太郎の優しさに心動かされ、次第に彼を慕うようになるエリス。そして、豊太郎は今まで知らなかった熱い激しい想いが、自分を変えていくのを感じる。
しかし、そんな二人の交際の噂が人々の中傷の的となり、豊太郎は免職処分となって国からの援助を断ち切られる。そして、日本にいる母の死の知らせが・・・・。全てを失った豊太郎に救いの手を差し伸べたのは、旧友の相沢謙吉であった。相沢の紹介で新聞社の仕事を始めた豊太郎は、エリスの家に移り住み、新しい生活を始める。数ヶ月が過ぎ、エリスが妊娠したことが分かるが、二人は、不安定な生活の中で、将来への一抹の不安を隠しきれなかった。才能ある優秀な豊太郎が、このような経緯で官職を失い、将来の展望もないまま異国で一人いることを案じた相沢は、彼に大臣の天方伯爵を引き合わせる。豊太郎の才能を高く買った天方伯爵は、彼を日本に連れて帰ることを提案する。日本への郷愁と祖国への使命感に、心が揺れ動く豊太郎。それでも豊太郎がエリスと別れることはできないと考えた相沢は、エリスに全ての事情を話し、手切れの金を渡そうとする。そして、相沢のこの友情が、二人を取り返しのつかない悲劇の淵へと追い詰めることとなるのであった。(ちらしより)
<メインキャスト>
太田豊太郎(法学を学ぶ為、国費留学生としてドイツに赴く日本陸軍のエリート官僚):愛音羽麗
エリス・ワイゲルト(ヴィクトリア座の踊り子。豊太郎の恋人、彼の夢。):野々すみ花
相沢謙吉(豊太郎の東大時代からの旧友。天方大臣の秘書官):未涼亜希
原芳次郎(西洋の美術を学ぶ為、私費でベルリンに暮らす画家):華形ひかる
岩井直孝(衛生学を学ぶ国費留学生。軍医):日向燦
黒沢玄三(ベルリン駐在の官長。豊太郎の上司):白鳥かすが
<感想>
「是非、早く東京で再演するべき」
初め、年間ラインアップでこの原作をミュージカル化すると知ったとき、「え、あの明治のエリートのエゴ丸出しの、読後後味の悪さがたまらないあの小説をこの平成のご時勢にミュージカル化?それも宝塚で?」とかなり疑問を持った。原作と宝塚が非常に乖離しているように思ったのである。しかし、一応自分の理解が浅いとして、原作を一番厚い単行本で読みなおした。これがまた詳細で、井上靖氏の現代語訳→解説→原文→資料編、と短大の森鴎外研究入門書なみの内容で、かなり鴎外もつらかったのだろうな、くらいの理解はできた。そして、脚本・演出が女性の植田景子先生ならばどのような視点でこの原作をアレンジされるのか、と興味がわいてきて、チケットを買っておいた。
観た後の感想は一言で言うと「現代に向くように上手く原作から出し入れしてあるなあ」というところである。「エリートのエゴ」の小説から「悲恋物」に上手く脚色してあって、終盤では少し泣きそうになった。原作と変えてある点は多々あるが、一番変えてあってよかったところは、エリスの妊娠は想像妊娠であった、というところである。原作の妊娠したエリスが赤ん坊の服をつくって豊太郎に「これをみて」と言って微笑みかける、というところは読んでいて残酷さを感じる描写の1つであったからだ。男性の演出家の先生ではこれほどの結果はだせなかったかもしれない。女性ならではの視点が盛り込まれていた。
主人公はドイツに留学して恋するものの、相手が外国人であること、相手と自分のそれぞれの祖国での地位が違いすぎること、2つの国の当時の考え方の違い、2つの国の文化の違い、と4つの壁に阻まれて、彼女をドイツに置き去りにせざるを得なくなる。原作だと「異国の貧しい女はスキャンダルになるから捨てる」という事実だけがインパクトとして残るのだが、舞台では主人公の苦悩・葛藤がよくわかるつくりになっていて、納得できる内容になっていた。
音楽は全編甲斐先生の作曲で、ビートが効いた曲やテンポが速い曲がほとんどないので、歌う側の歌唱力が問われるが、出演者が皆良く歌っていて、ゆったりとしたいい曲が多く、耳なじみがよかった。90点。日本青年館とはいわないが、適当な劇場が借りられたら、是非東京で今のキャストで可能なうちに再演して欲しい。CSだけでの放送は少しもったいない。
愛音羽麗。エリートとして原作だと「機械」として生きてきた豊太郎はエリスと出会い、自我に目覚める。そして心のままに生きていこうとして、一度はエリスの愛を選ぶが、結局自分の生きる道は日本で官僚として生きることだと自分で決意し(原作だと主人公は人に対して「いや」といえないタイプの人間である)、心の病にかかってしまったエリスを残して日本に帰るものの、一生エリスに対して「感傷」以上の想いを抱いて生きていくことになる。非常に人間としてドラマティックな時間を過ごす話である。愛音はエリートとしての紳士的態度は崩さず、エリスへの優しさ、日本的体質に怒り、そしてなによりも「祖国を取るか、愛を取るか」という葛藤、などよく表現していて筋の通った人間像を表現した。最後に次に留学する後輩に自分と同じ歌を歌ってやるところはプログラムにあるように、まさに「青春との決別」と強く意識させた。とくに、歌唱力の向上が印象に残った。歌詞が殆ど分かるので、あと1ついうならば、歌詞全体でどういう内容を伝えたいかということが観客に明快に提示されればさらにいいと思う。彼女の容姿で、主人公のエゴがかなり緩和されて見えることは、これはもう事実である。単独初主演第一作にして代表作をつくってしまった感がする。
野々すみ花。もともと実力がキャリアに比べて飛びぬけていることは周知の人だが、初々しいヒロインを観ているほうとしては難なく演じているようにみえた。特に誕生日に豊太郎から扇をプレゼントされて、一生懸命使いこなそうとするところなど本当に可愛らしくて、まさに「夢の少女」そのものであった。それと役柄に合わせて、台詞の声を前の大劇場公演のときと変えているのが「宝塚のヒロイン」というものをよく分かっているな、と客席で舌を巻いていた。貧しい踊り子の金髪の美少女で、段々神経質になっていって、手切れ金を渡されたことで精神に異常をきたしてしまうほど純粋なエリスは本当に男性からしても女性からしても夢の存在。鴎外が実際愛した(そして日本まで追ってきたとされる)ドイツ人女性はこんな人だったのだろうか、もしそうなら鴎外は幸せだったのではないか、とすら思った。
未涼亜希。原作を再読したときこの役が一番難しいのではないか、と思った。しかし、原作と違って、ベルリンで豊太郎に再会したとき、頭ごなしに帰国とエリスとの決別を決断するよう迫るのではなくて、大臣に認めてもらうことで「君は今の日本に必要な人材なのだ」と自覚させ、それから「帰国するべきだ」ということで、彼の友人への「これが良かれと思っているからいうのだ」という想いがはっきりした。特にエリスに対して説得するソロは秀逸。最後に豊太郎に「怨んでいるか?」と聞くところも、原作だと豊太郎に怨まれたまま終わるので、愛音と未涼のすっきりとした表情が救いだった。
華形ひかる。私費で油絵を学び売って生計を立てようとしているが、モデルのドイツ人の恋人の助けなくては生きていけず、最後に異国の地で果ててしまう画家。(この2人は鴎外の「ドイツ3部作」といわれる『うたかたの記』を連想させるのだが)志は高いが、現実は厳しい、でも日本に帰って体制にまかれるのはイヤだ、という芯の強い人間を力強く演じていた。とくに死の場面は寂しく、また温かさに溢れたいいシーンになっていた。
日向燦。気の弱い豊太郎の同僚だが(学問分野としては森鴎外自身が投影されているようだが)、衛生学への誇り、体制に逆らえない性格、など緩衝剤としても印象に残る出来だった。
白鳥かすが。花組に来て初めての大きな役だとおもうが、悪役といってよく、いまでも続く官僚体質の権化だが、大きく構えてやっていた。本当なら上級生がする役だと思うがチャレンジ精神は買える。
久しぶりに観劇後まで余韻が残るいい作品だった。
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