星組バウホール「フェット・アンペリアル」

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星組宝塚バウホール公演
６月11日→に　８

バウ・ミュージカル
『フェット・アンペリアル』―帝国の祝祭―
作・演出／大野拓史

＜解説＞
　第二帝政期フランスの半社交界＝ドゥミ・モンドを舞台に繰り広げられる、「新米スパイ」の恋と友情の物語。
　19世紀半ば。イギリス貴族の庶子として生まれたウィリアムは、家歴代の職業＝軍人にさせられる。しかしせめてもの反抗として、軍人としては傍流にすぎないスパイになることを選んだ彼は、訓練所で気の強い下町娘エンマ・クラッチと出会う。エンマは女優志願であったところをスカウトされ、スパイになる訓練を受けていたのである。
　やがて、表向き大使館付駐在武官として、フランスに赴任するウィリアム。上司はブランメルという屈強な叩き上げの男で、そのブランメルにウィリアムはスパイとして鍛えられてゆく。
　そんなある日、ウィリアムは売り出し中のクルチザンヌ、コーラ・パールと組むことを命ぜられる。会ってみると、そのクルチザンヌは、エンマ・クラッチ、その人であった。エンマはクルチザンヌとしてドゥミ・モンドに紛れ込み、スパイ活動に従事していたのである。二人に与えられた命令は、クリミア戦争絡みの工作活動として、色好みの皇帝ナポレオンⅢ世を篭絡することだった。だが、それが叶いそうになった時、何故だか嫌だったウィリアムは、皇帝の目を盗みエンマを連れ出してしまう。ウィリアムを間抜け呼ばわりしつつも、一緒に逃げるエンマ。しかし、どこかいく当てがある訳でもない二人は、それぞれの戻るべき場所に戻ってゆく他ない。
　様々な葛藤に悩まされながら、それでもスパイとして成長しつつあったウィリアムは、諜報活動をして時でさえ敵に先を越されることから、どこからか情報が洩れているのではないかと疑問を感じるようになっていた。調べ始めたウィリアムは、ブランメルがイギリス国内の反戦派の密会に参加していたことを知るのだったが・・・・。（ちらしより）

＜メインキャスト＞　　（プログラムより抜粋）
ウィリアム・ワルシンガム：立樹遥
エンマ・エリザベス・クラッチ（コーラ・パール）：陽月華
ニール・ハマンド：涼紫央
クロード・ブランメル：萬あきら

＜感想＞
「洋物のほうがとっつきやすかった」

　大野先生の作品、というといままでは全部日本物で、たぶん全部観たが、印象として「テーマは意外とシンプルなのだが、高い芸術性を目指しているからなのか、時代背景などがとっつきにくい」というイメージがある。また「プログラムに書いてある人物設定を読まないとついていけないので、プログラム代をけちることは大厳禁」ということを思う。（昨年の雪組ドラマシティの『睡れる月』など特にそう思った）そして、「自分の『感想』をまとめにくい」という印象がある。さて、今回初の洋物であるが、プログラムを読んでいるだけでは「ああ、いつもの難しいか」と思ったし、正直役名の由来など別に説明してもらわなくてもいいのだが、確かに始まってしばらくはかなり、集中力が要求された。（隣三人はこの間に爆睡）しかし、時代設定に関しては、登場人物の衣装（使い回しが多かったので）をみていると「ああ『○○←（宝塚の作品名、金子の場合２つ以上思いあたった）』と同じ時代だ」とすぐに分かった。まあ、全体的に日本のマイナーなところを時代設定にされるよりはよかったかな、と思った。

　テーマは、貴族社会になじめなくてエージェント（スパイのこと）を志願した青年と、家族の弱みを諜報部幹部に握られてエージェントにさせられ、表向きは高級娼婦を演じている女性というまったく身分、階級、成長過程、性格の違った２人の心のふれあい、ずばり「愛」だ。宝塚の舞台の主題はもちろん多かれ少なかれ愛なのだが、今回はちらしを読んでいる時点ではそれほど「愛」が前面に押し出されたテーマではないような気がしたのだが、ずばりだった。すごい変化球を投げておいてストライクがばっちり決まったような感じだ。

　それでも１幕は登場人物が次々と出てくるし、状況説明も多く、もう少しすっきり分かりやすくしてほしい。ここで取り残されるひともいるだろう。１幕終了時では、２幕がどうなるのかあまり予想できないし、休憩時間のわくわく感は薄い。しかし２幕ではエンマのエージェントになった理由と、２人の愛が中心で緊密した舞台空間が繰り広げられ、ストーリーがシンプルになる。やはり、1幕と２幕のバランスが問題のように思う。あと、千秋楽の日に行ったということもあるが、出演者の感情が役に先走るのではなく、いい意味で役を延長させていたところに演出の力を感じた。２幕がよかったし、後日ＣＳ放送でもう一度じっくりみてみたいので80点。あとは人別に。

　立樹遥。1幕の新米エージェントとしてブランメルにしごかれ、エンマに二言目には「馬鹿ね」と言われ、ニールには不満たらたらの言われる上に、エンマを伯爵のところにいかすのが嫌で子供のように連れ出してしまうところなどのおおらかさ。そして２幕では、ニールにも自分が庶子であることを話し友情をかわすところ、エンマにも1幕ではすぐに言い返していたところを「うん」と言葉少なく聞くところ、正妻の子の弟に本当の今までの自分の感情を吐露するところ、情報が漏れていることに気づき「考えなくては」とエージェントとして少し成長するところ、など「男としての自覚」が芽生えるいい場面続きだが、いずれも綿密に演じていたように思う。とくにエンマとの会話はすばらしい美辞麗句の愛の告白をしているわけではないのに、心情の動きが納得できるものであった。あまりいわなかったから余計にエンマの死の場面が悲しかった。彼女の星組での立場は微妙なところではあるが、主演としてこれだけできるということを示したなら今年の組替えにあまり影響のなかった星組は戦力としては十分、ということなのだろう。

　陽月華。高級娼婦というから、ものすごく女性らしい人なのかな、とおもったら、さっぱりした性格の女性で、それは彼女の芸質にあっていて設定としてはいいと思った。1幕の高級娼婦を演じる女だてら、とウィリアムに連れ出されてすっきりしたように笑うエンマと対照的に２幕の自分がエージェントにされた理由における葛藤、ウィリアムへの愛、といった全般における心情表現がとても繊細でよかった。陽月の演技というと、いままではどこか髪型と同様大雑把なところを感じていたのだが、今回は髪型も演技も新しい面を見せてもらった気がする。そろそろ「ダンスの人」から脱却する時期としていい役だったのではないか。

　涼紫央。外務省のすかした官僚か、と思ったら、窓際職の諜報部員と組まされたことに不満だし、ちょっと抜けたところもあってウィリアムに巻き込まれてカンカンで歌う羽目になってしまうし、ご難続き、なのだが、ウィリアムと話すうちに親交を深め、2人で情報漏えいを探る、というつっころばしのような2番手がやるにしては面白い役だ。涼は「ご説明しましょう」と官僚らしく始めたのはいいのだが、後がだんだん面白くなって、ウィリアムが庶子であることの告白を聞くうちにだんだんと親密度を深めていくところなどそれぞれの場面をうまく演じ分けた。２番手として「おいしいところいただき」であった。

　萬あきらさんのブランメル閣下は表の顔は有無を言わせぬ諜報部幹部で筋金入りの愛国者なのだが、裏では・・・、という2面性がある役だ。やはり、ウィリアムに追及されるまえに、どうしてこんなことになったか述懐する場面があるといいと思ったのだが。部下に対して有無を言わさぬ押し出しはさすが。

　最後に退任前のウィリアムを演じた一樹千尋さんの「大人の余裕」が、「ああ、ウィリアムはエンマをなくしてでもこんないい大人になったのだな」と少ない出番でも思わせた。

　全体的に、レベルを高く設定し、それに挑んだ作り手、スタッフ、出演者のストレートな気概を感じるいい舞台だった。